玄米と米糠(胚芽・表皮)を麹菌で発酵させた食品FBRAの学術研究
麹菌はデンプンやタンパク質を分解する酵素をはじめとした様々な加水分解酵素を分泌する他、ヒトの健康に役立つ成分を生成することが知られています。そのため、FBRAは玄米・米糠に比べて栄養素の消化、吸収が優れるだけでなく、健康に役立つ成分の種類や量も多いものと考えられています。玄米酵素・中央研究所では、FBRAの機能性と健康維持に関わる成分の全容を明らかにしようとしています。
フェルラ酸 | 抗酸化作用がある。美白効果、脳機能改善や高血圧予防も期待される。 |
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フィチン酸 (IP6) | 抗酸化作用があり、酸化ストレスから体を守る働きが期待されている。 |
γ-オリザノール | 抗酸化作用がある。脂質異常症の治療薬として用いられている。 |
エルゴチオネイン | 強い抗酸化作用がある。神経系疾患の予防効果が期待される。 |
ポリアミン | 細胞増殖に必要な成分。加齢性疾患の予防効果が期待される。 |
植物ステロール | コレステロールの吸収を抑える働きがある。 |
エルゴステロール | 腫瘍組織の血管新生阻害作用が期待される。 |
アシル化ステロール配糖体 | コレステロール低下作用や抗糖尿病作用が期待されている。 |
コウジ酸配糖体 | チロシナーゼ活性を阻害し、メラニン色素の生合成を抑える作用がある。 |
グルコシルセラミド | 保湿効果や抗アトピー作用が期待される。 |
脂肪酸ヒドロキシ化脂肪酸 | 抗糖尿病作用や抗炎症作用が期待される。 |
FBRAの機能性成分
LWT, 118, 108812 (2020).「エルゴチオネイン」は100年前に発見された強い抗酸化活性を有する希少なアミノ酸です。昨今の過度なストレス社会では、体内の抗酸化物質であるビタミンEやビタミンCでは対応できない活性酸素やOHラジカルが大量に生成され、脂質過酸化の連鎖反応を開始させて過酸化脂質を蓄積させ、動脈硬化、脳梗塞や心筋梗塞などの疾患を引き起こします。エルゴチオネインは生体内の還元酵素や抗酸化物質が対応しきれない活性酸素種を速やかに除去し、酸化ストレスの蓄積を抑える働きがあります。
さらに、学習記憶障害やうつ病の予防効果に加え、近年では、エルゴチオネインの継続的な摂取が健常者または軽度の認知障害者の認知機能を改善したという臨床結果も発表され、エルゴチオネインによる神経系疾患の予防効果に注目が寄せられています。
しかし、ヒトをはじめとする動物や植物はエルゴチオネインを作ることができないため、肉や野菜を食べてもエルゴチオネインを少量しか摂取できません。
私たちは麹菌が生長中にエルゴチオネインを生合成することに着目しました。そして、麹はエルゴチオネイン含量が高く、特に白米や玄米を用いた麹よりも米糠を用いた麹の方がエルゴチオネインを多く含むことを見出しました(参照論文)。
この研究結果をふまえ、FBRA中のエルゴチオネインを分析したところ、FBRAには、肉や野菜よりもはるかに多くエルゴチオネインが含まれていることが明らかになりました。
FBRAはエルゴチオネインの優れた供給源になり、FBRAの健康への寄与が期待されます。
発酵によるエルゴチオネイン含量の変化
食品中のエルゴチオネイン含量
引用文献:J. Agric. Food Chem., 55, 6466–6474 (2007).一部改変
第1回分析科学会議
FBRAの機能性成分
Anal. Sci., 10, 427-432(2019).一部改変ポリアミンはヒトを含めた全ての生物の細胞内でアミノ酸から作られます。ヒトの体内ではプトレッシン、スペルミジン、スペルミンが存在します。ポリアミンは、細胞の増殖・分化に必須の因子であり、細胞分裂が盛んな組織に多く存在します。例えば、赤ちゃんがのむ母乳にはポリアミンが沢山含まれています。これは未熟な赤ちゃんの腸を早く成熟させ、腸の消化吸収機能やバリア機能を高めるためと考えられています。
ポリアミンの合成には様々な酵素が必要ですが、加齢に伴い酵素の合成能力は低下します。高齢社会となった今日、健康長寿に寄与するポリアミン含有の健康食品に大きな期待が寄せられています。そこで、麹菌のポリアミン生産能に着目し、FBRA中のポリアミン含量を調べました。その結果、プトレッシンとスペルミンが発酵によって減少するものの、スペルミジンが増加することがわかりました。
スペルミジンは、加齢性の動脈硬化や血管内皮の機能障害、心筋の線維化を予防することが動物実験によって明らかにされています。さらに、疫学調査によると、スペルミジンの摂取量が多いほど心血管疾患のリスクが低いことも報告されています。これらの知見はFBRAが老年病の予防や軽減に寄与できる良質な食品であることを示しているものと思われます。
FBRA中のポリアミン含量
発酵によるスペルミジン含量の変化
FBRAの機能性成分
J. Pharm. Biomed. Anal., 142, 162–170 (2017).一部改変「フェルラ酸」は、米の細胞壁を構成する成分であり、抗酸化作用やメラニン生成の抑制作用に加えて、認知症の予防効果も示されています。玄米のフェルラ酸の多くは細胞壁に結合しており、吸収性に乏しいですが、発酵させることで吸収性の良い遊離型になります。
FBRAの遊離型フェルラ酸は平均値で発酵前の約5倍に増えていることがわかりました。さらに、フェルラ酸の類縁体であり、抗酸化作用が知られるシナピン酸、シリンガ酸も増加し、カフェ酸とプロトカテク酸は新たに遊離してくることも判明しました。
抗酸化作用をもつ成分ががんなどの病気予防に効果的とする研究報告も数多く発表されています。これらの成分がFBRAによる抗炎症やがんの抑制の一助になっているものと考えられています。FBRAの継続的な摂取による疾病予防効果も期待されます。
麹菌は発酵が進むと様々な酵素を菌体外に分泌します。なかでもエステラーゼと呼ばれる酵素は、細胞壁の糖鎖に強く結合しているフェルラ酸を切り離す力をもっています。発酵が進むと分泌されたエステラーゼがフェルラ酸を切り離すため、遊離したフェルラ酸が増えるという仕組みです。
FBRAの機能性成分
Steroids, 158, 108605 (2020).一部改変植物ステロールに糖が結合した「ステロール配糖体 (SG)」と、その糖に脂肪酸が結合した「アシル化ステロール配糖体 (ASG)」は玄米に含有される成分であり、抗炎症作用、抗糖尿病作用、小腸からのコレステロールの吸収を抑える作用が報告されています。このうち、ASGはSGよりも強力な抗糖尿病作用をもつため、生活習慣病の予防・改善効果に大きな期待が寄せられています。
本研究ではFBRAに含有されるASGが発酵前の原料よりも高いことを明らかにすることができました。
発酵によるASG含量の変化
アシル化β-シトステロール配糖体
アシル化スチグマステロール配糖体
アシル化カンペステロール配糖体
ASGの増加は、発酵中に麹菌が分泌した脂肪酸転移酵素によって、玄米中のSGがより強い生理活性をもつASGに変換されたためと考えらえます。今回得られた知見は、FBRAが玄米や米糠よりも優れた生活習慣病予防効果を発揮することを示すものです。
FBRAの栄養成分
J. comput. aided chem., 18, 46–50 (2017).米糠をベースとして麹菌で発酵した時に変化する成分を最新の質量分析計を用いて調べてみました。その結果、糖質、タンパク質、脂質などからエネルギーを作るうえで必要不可欠な栄養成分である、遊離型のビタミンB群(ビタミンB2、ビタミンB6 、ナイアシン、パントテン酸、ビオチン) とチロシナーゼ阻害活性を有するコウジ酸配糖体が発酵によって増えることを示唆する結果が得られました。これらの知見は、FBRAが玄米よりも高い健康効果を発揮することを示しています。
米糠にはビタミンB群が豊富に含まれていますが、タンパク質に結び付いているため、そのままでは十分吸収されません。発酵によって米糠に含まれる結合型ビタミンB群が切り離されるため、FBRAは吸収され易い遊離型のビタミンB群が増えるものと考えられています。このため、FBRAは、消化力が劣る高齢者でもビタミンB群を効率よく吸収できる食品です。
平成30年に厚生労働省が発表した国民健康栄養調査報告によると、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6の摂取量は日本人の食事摂取基準に満たないことが報告されています。遊離型ビタミンB群が豊富なFBRAを摂取することで、これら栄養素の不足を補うことができます。
コウジ酸配糖体は、美白効果が期待されるコウジ酸に糖が結合した成分です。コウジ酸に比べ、チロシナーゼ阻害活性は若干劣るものの、光または熱に対する安定性に優れた成分です。
FBRAの品質管理
日本食品科学工学会誌, 66, 139-146 (2019).麹菌による固体発酵においては、発酵の適否は麹菌の破精込み(種付けした麹菌の胞子が発芽繁殖して米粒の中心部に菌糸が生育して行く程度)によって判断されます。従来、破精込みの良し悪しは菌体量の測定あるいはアミラーゼ活性の測定によって判断されていました。
しかし、これらのみではFBRAに含まれている成分の質的量的評価はできません。また、農産物である米は栽培された年の気候や土壌によって品質が大きく変動するため、それらを原料としているFBRAの品質を科学的に評価することは容易ではありません。
そこで、核磁気共鳴法を用いてFBRAのメタボローム解析を行いました。製造日が異なる25種のFBRA間には成分に差が殆ど見られず、含有成分にばらつきが生じやすい玄米・米糠を麹菌発酵の原料に用いても、均質な製品の生産ができていることがわかりました。そればかりか、FBRAと発酵前の原料の間には明確に成分の差があり、発酵によって成分が大きく変化していることも示唆されました。
未発酵原料とFBRA の核磁気共鳴スペクトルによるPCAスコアプロット
2024年6月17日現在
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機能性成分 | 含有量 | 単位 | 出典 | |
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フェノール酸 | フェルラ酸 | 9.43 | mg/100g | Ogawa S., et.al., J. Pharm. Biomed. Anal., 142, 162-170 (2017). |
シナピン酸 | 3.25 | mg/100g | ||
カフェ酸 | 0.64 | mg/100g | ||
プロトカテク酸 | 4.02 | mg/100g | ||
シリンガ酸 | 0.48 | mg/100g | ||
p-クマル酸 | 3.58 | mg/100g | 第34回FBRA研究会 | |
γ-オリザノール | 総オリザノール | 329-368 | mg/100g | 2022年 株式会社ベジテック分析 |
植物ステロール | カンペステロール | 10.28 | mg/100g | 第36回FBRA研究会 |
β-シトステロール | 32.32 | mg/100g | ||
スチグマステロール | 15.42 | mg/100g | ||
麹由来ステロール | エルゴステロール | 22.10 | mg/100g | |
ポリアミン | プトレッシン | 1.86 | mg/100g | Horie Y., et.al., Anal. Sci., 35, 427-432 (2019). |
スペルミジン | 13.55 | mg/100g | ||
スペルミン | 7.16 | mg/100g | ||
アミノ酸 | エルゴチオネイン | 5.2-10.8 | mg/100g | 第1回分析科学会議 |
γ-アミノ酪酸 | 4.8-15.5 | mg/100g | 2016年 農芸化学会発表データ | |
L-カルニチン | 3.40-4.36 | mg/100g | 第2回分析科学会議 | |
アセチル-L-カルニチン | 0.416-1.06 | mg/100g | ||
コウジ酸配糖体 | 定性 | - | Tanaka k., et al., J. Comput. Aided Chem., 18, 46-50 (2017). | |
リン酸化合物 | フィチン酸 | 10.9-14.2 | mg/100g | 2008年 国際コメシンポジウム発表データ |
ステリルグルコシド | β-シトステリルグルコシド | 27.42 | µmol/100g | Murai T., et.al., Steroides, 158, 108605 (2020). |
スチグマステリルグルコシド | 5.52 | µmol/100g | ||
カンペステリルグルコシド | 3.75 | µmol/100g | ||
アシル化ステリルグルコシド | アシル化β-ステリルグルコシド | 42.87 | µmol/100g | |
アシル化スティグマステリルグルコシド | 7.96 | µmol/100g | ||
カンペステリルグルコシド | 4.87 | µmol/100g | ||
脂肪酸ヒドロキシ化脂肪酸 | 7-PAHPA | 41.7 | µg/100g | Watanabe A., et al., Food Chem. Adv. 1, 100040 (2022). |
9-PAHPA | 124 | µg/100g | ||
5-OAHPA | 694 | µg/100g | ||
7-OAHPA | 97.8 | µg/100g | ||
9-OAHPA | 104 | µg/100g | ||
5-PAHSA | 3.56 | µg/100g | ||
7-PAHSA | 2.63 | µg/100g | ||
9-PAHSA | 105 | µg/100g | ||
10-PAHSA | 39.0 | µg/100g | ||
12/13-PAHSA | 45.1 | µg/100g | ||
12(Z)-10-OAHC18 | 23.2 | µg/100g | ||
5-OAHSA | 304 | µg/100g | ||
7-OAHSA | 10.0 | µg/100g | ||
9-OAHSA | 114 | µg/100g | ||
10-OAHSA | 93.6 | µg/100g | ||
12/13-OAHSA | 152 | µg/100g | ||
米由来グルコシルセラミド | 20h:0, d18:24E,8Z | 9.11-15.0 | mg/100g | 第1回分析科学会議 |
20h:0, d18:24E,8E | 0.97-2.06 | mg/100g | ||
22h:0, d18:24E,8Z | 0.33-0.80 | mg/100g | ||
24h:0, d18:24E,8Z | 0.25-0.53 | mg/100g | ||
22h:0, t18:18Z | 0.80-1.25 | mg/100g | ||
24h:0, t18:18Z | 1.83-3.21 | mg/100g | ||
ペプチド | Leu-Leu | 定性 | - | Tanaka K., et. al., J. Comput. Aided Chem., 18, 46-50 (2017). |
Val-Leu | 定性 | - | ||
Val-Glu | 定性 | - | ||
Val-Thy | 定性 | - | ||
Val-Val | 定性 | - | ||
Ala-Phe | 定性 | - | ||
Asn-Lys | 定性 | - | ||
Ala-Leu | 定性 | - | ||
Thr-Leu | 定性 | - | ||
Ala-Tyr | 定性 | - | ||
Ser-Leu | 定性 | - | ||
Gly-Leu | 定性 | - | ||
Pro-Leu | 定性 | - | ||
Pro-Val | 定性 | - | ||
Ala-Ala | 定性 | - | ||
Ala-Thr | 定性 | - | ||
Leu-Gln | 定性 | - | ||
ピログルタミルジペプチド | pGlu-Val | 20.4-41.6 | mg/100g | 第1回分析科学会議 |
pGlu-Phe | 13.7-31.0 | mg/100g | ||
pGlu-Tyr | 27.2-52.0 | mg/100g | ||
pGlu-Leu | 27.3-64.7 | mg/100g | ||
生理活性ペプチド (抗酸化・ACE阻害) |
Ile-Arg | 8.21 | mg/100g | Ono S., et. al., Food Anal. Methods, 16, 1596-1605 (2023). |
Ala-Phe | 2.78 | mg/100g | ||
Ala-Tyr | 3.16 | mg/100g | ||
Val-Phe | 4.63 | mg/100g | ||
Ile-Tyr | 4.99 | mg/100g | ||
コリン類 | コリン | 4.17 | mg/100g | Maekawa M., et. al., Mass Spectrom. 13, A0151 (2024) |
アセチルコリン | 0.706 | mg/100g | ||
ベタイン | 67.7 | mg/100g | ||
ホスホコリン | N.D. | mg/100g | ||
グリセロホスホリルコリン | 55.5 | mg/100g | ||
リゾホスファチジルコリン | 1.19 | mg/100g | ||
リゾスフィンゴミエリン | 0.0122 | mg/100g |
※定性:含有は確認できているが量的に確定していない